セッション第五節   人と動物との関係

ーーー私は動物愛護の立場にいる者です。人と動物との間の望ましい関係について、ご教示いただけますでしょうか。
「動物愛護は地上世界の人々にもたらされている大切な使命の一つと言えるものです。その使命を積極的にあずかりたいと行動をする人々に、わたくしは惜しみない賛辞を送らせていただきます。動物たちも、あなた方、人と同じく、摂理にかなう恩恵を受けるべき境遇に置かれるよう配慮されるべき存在なのです。摂理にかなう恩恵とは、あなた方の魂にそなわる徳性をもって動物たちに接してあげることです。動物を使役するのであれば、それは愛情を持ってなされなければなりません。実際に、その立場にいる人たちは経験的にそのことを理解しているものです。味覚を満たすために、動物たちを屠ることは人としての行いに劣るものであることを自覚なさってください。あなた方に殺す権利はありません。それは存在しないものなのです。全てに、あなた方の動機が問われてきます。あなた方の悪意は、動物たちも敏感に受け止め恐れを感じます。あなた方の愛情は動物たちに安心を与えます。あなた方が、あなた方の人格を損なうような行動を、動物たちに向けることがあれば、それには償いがともなうことを知る必要があります」


ーーー私は菜食主義を肯定する立場にあります。人は動物肉を食すことなく健康を保つことができることを知っているつもりです。人類は肉食をやめるべきだと思うわけです。そんな時代が早く来ることを望みます。これについて、マヤ様のご意見を、お聞かせ願いますでしょうか。
「わたくしも、当然、あなたに賛同する立場にあります。動物生命にも尊厳があることは日頃、動物たちと親しく接する機会がある人たちなら実感されていることも少なくないのではないでしょうか。人が動物に愛情を持って接することができれば、動物たちは親しみの情を返してきてくれるものです。それが人に動物の命の貴さを気づかせてくれるきっかけにもなります。その気づきは親和性をともなった感情体験として記憶に刻まれてゆきます。それは幸せの記憶の蓄積でもあるのです。幸せの記憶は良い行いへの報償といえるものです。それは、あなた方の精神を豊かにしてくれます。あなた方が内省的な生活ができるまでに精神の発達があるのなら、その経験を自分の生活の改善の一助としても活用することができるようになります。それは動物たちがあなた方に摂理にかなう生き方を教えてくれたことと同じになります。それは動物たちにも神性が宿っていることの証でもあるのです。人はそのことを知らなければなりません。動物は人に食されために生命を受けたのではありません、人の野蛮性の犠牲になるために人と同じ環境に生まれてきたわけではないのです。わたくしは、そのことを強く言います。神においては人の命も、動物の命も同等なのです。その言葉に反感を持つ人たちもいることでしょう。しかし、あなた方、人も動物生命の進化の結果であることを思い返すべきです。魂においては成長の程度の差だけが人と動物の違いなのです。今後、文明が高度化する中で、人間は肉食を次第に遠ざけてゆきます。既に、それは始まっていることです。魂に備わる神性が損なわれることは少なくなってゆくことでしょう。わたくしは、そこに希望を持てる立場にいるのです」


ーーー人を襲う肉食動物や爬虫類なども動物愛護の対象になるものなのでしょうか。
「動物愛護の目的が、例え、それが、人に恐れを抱かせるような動物の保護であっても、生態系保全に寄与するものであれば、摂理にかなう行動として認められるのではないでしょうか。わたくしが、お答えすることでもないと思います」


ーーー生態系保全のためだったとしても野生動物を狩猟することについては、どう思われますでしょうか。
「それが、あなた方の理性に照らしてみて、やむなく判断された結果であるのなら容認されることもあるでしょう。しかし、そのような事態をなくしてゆくことも同時に問われるべきことなどではないのですか。結果には必ず原因があるものです。それを理解し、どう行動するかで、あなた方の資質が問われます」


ーーー私の国にはクジラ漁やイルカ漁で生計を立てている人たちがいます。このことについては世界中から非難の声が寄せられています。マヤ様のご意見を聞かせていただけますでしょうか。
「何事も動機が問われてきます。それが、ささやかな生計を維持し、家族を養うために行われているのであれば、非難される言われはないという主張も理解できます。しかし、そのことで心痛めている人たちの思いにも素直に耳を傾けてみる寛容さも、あなた方のうちに養っていただければと願っています。答えは、ご自分たちのうちに見つけることができます」


ーーー動物をペットとして飼うことですが、マヤ様のお立場から助言していただけることはありますか。
「天から命を預かる、お覚悟がある人なら、わたしは、その方に是非、家族の一員として迎え入れてあげてください。それは、ご家族にとっても、良い経験になるはずです。と言えるのですが、ただの慰みものとして扱われるのであれば賛成できません。動物たちにも尊厳があることをお忘れにならないでください」


ーーー犬や猫は命短い存在ですが、虐待されて死んでゆくものも後を絶ちません。彼らにも死後世界での救済のようなものはあるものなのでしょうか。
「人の手により虐待されて生命を奪われた動物たちの痛ましさには言葉にできないほどのものがあるのはお分かりのことと存じます。しかし、彼らも見捨てられることはありません。彼らは償われる境遇へと導かれてゆきます。その虐げられた命は、あなた方に代わりに、わたくしたちが引き受け、わたくしたちの魂のうちに育みます。あなた方が果たせなかった願いは、わたくしたちが埋め合わせをいたします。それは、わたくしたちが、あなた方の同士であるからです」


ーーー医薬品などの開発において動物実験はやむおえないこともあるものなのでしょうか。
「わたくしが、地上世界のあなた方に、よく思うことがあります。それは結果を求めて手段を選ばずということです。動物実験は地上世界の中でも、最もいやしむべき罪業の一つに数えることができます。あなた方は、あなた方のうちにある動機が何故のものであるかの検証を必要とする時があります。それが、あなた方の魂に内在するところの神性を損なうものであるのなら自らの地位や名誉を犠牲にしても償うことが求められます。損なわれた命はあなた方には償えないからです」


ーーー動物を家族の一員として迎えている人たちは、いつの日か死別の時が訪れることを内心、覚悟されているのかもしれません。何か御助言していただけるものがあればと思います。
「そういう、お立場にある人たちに、わたくしが一言送りたい言葉があります。それは、全ては佳きに計らわれるということです。それを、どうか、心にお留めおきください。動物たちも、あなた方と共に過ごせた日々を忘れることはありません。その記憶は、動物たちにとっても愛情体験であるからです。それは、あなた方が授けたものです。親和性を帯びた命同士は離れることがありません。やがて、あなた方も、自分たちの魂の故郷である霊的世界へと帰還する時が訪れます。それは、あなた方が愛されたものたちとの再会の機会を受ける時でもあるのです」